Novel

He's so serious!

「なんで来る前に連絡よこさねえんだ?」
 達海が目の前まで来るのを待って、村越は不機嫌そうな顔で言った。
 少し瞼が重いのはやはりもう眠っていたからだろう。
 けれど口では文句を言いながらも、下でインターフォンを押して上がってくるまでに、ドアを開けて待っていてくれた。
 達海は小さく口の端を上げた。

「だって、断られたらいやじゃん」
「ここで追い返してもいいんだぜ」
「しないでしょ、そんなこと」
「まったく……」
 
 達海は腕組みをしている村越の前をすりぬけて、さっさと室内に上がった。
 その後をドアのカギをかけた村越が追ってくる。

 断られたらいやだ、というのは本音だった。
 クラブハウスの自室で戦術を練って、ひと段落して寝ようと一旦は電気を消してベッドに入ったのはちょうど日付が変わる頃だった。けれど、たくさんのデータを詰め込んだ頭が一向にクールダウンしない。しばらく悶々として、村越のところへ行こうかと、外へ出た。
 すぐにタクシーがつかまらなかったらあきらめよう、そう思いながら夜道を歩きだした。幸い大通りですぐに車は見つかったけれど、ポケットの中の携帯はしまったままにした。
 村越は自分が何を言われても堪えないと思っているのだろうが、実はそうでもない。
 ことにこんな夜は。
 寝たところを起こされて、村越は確実に機嫌の悪い声を出す。そうに決まっていた。最終的にいいとは言うだろうが。
 思った通りだなと、達海は短い廊下の先にあるリビングへと向かった。その背に村越が声をかけてくる。

「あんた、メシは」
「食ったよー」
「じゃ、風呂は」
「まだだけど、キレイな体になってきたほうがいいのなら……」
「それじゃ、もうあんた抱いていいのか」

 振り返りもせずに受け答えをしていた達海も、これには流石に足を止めた。
「村越ったら、ケダモノ」
「そのために来たんだろうが」
「――まあそう。眠れなくってさ、おまえのこと、睡眠薬と抱き枕にしに来たんだよ」

 達海のそれこそ即物的なもの言いに、村越は少し怒ったような顔をした。
 村越相手に、駆け引きをしている気はさらさらなかった。ただ、少し素直になれないだけなのだ。年齢のこととか、村越の中にある、過去の自分への憧れとか、そんなもののために。

「あんたがそうしたいのなら、あんたが俺のもんならなんでもいい」

 参ったな、と思った。この男はなんて堅物で、なんてかわいいのか。

「村越さあ、おまえもっと沢山しゃべろうぜ。
 といっても赤崎とか世良みたいに思ったこと全部垂れ流せっていうんじゃないけど。
 だってこんな風に全力のセリフを吐かれるとさあ、
 ひとつひとつがすげー重くて、
 俺もうこんなオッサンなのに、
 胸がきゅん、てするんだけど、
 どうすんの」

 達海がそうゆっくりと話すと、村越の眉根が寄って険しくなっていた顔が、一旦緩んだかと思うとみるみる赤くなった。
 村越は強い。叩かれれば歯をくいしばって耐える。けれど、優しくされるのには慣れてない。好きな人に好きと言われて、それで優位に立ったとは思わない。
 そんなところにほっとする。

 村越の思いがけない反応に自分も照れて赤面してしまいそうだ。そんなのは我ながらちょっと寒い光景なのでやめておきたい。
 それで達海は村越をその場に置いて、寝室へと向かった。どうしても口元が緩む。そんな顔をまだ見られたくない。――何故って、恥ずかしいからだ。

 目的のドアに辿り着くまでに、正気に返った村越が追いついてくる。肩越しに腕がすっと伸びてきてあっと言う間に腕を引っ張られてベッドに座らされた。
 電気は点けていない。けれど、開けっぱなしのドアからリビングの照明が入って、物のかたちが分かるくらいには明るい。

 村越の大きな黒い影がおおいかぶさってくる。たぶん、とても真剣な顔をしているだろう。
 口づけは情熱的だ。
 その前に、たった今言ったばかりなのに、なんの言葉もない。
 体を開く準備もいつもより乱暴だ。

 全く、好きだくらい言ったらどうなんだ。
 もう若くもない体だ、もっと丁寧に扱え。そう心の中で文句を言いながらも、もう一方では余裕もなくただ求められているというのが、うれしい。

 いつの間にこんなに惚れちまってたんだ。
 いつでも余裕があるのはこっちだと思いこんでいた。けど、そうでもない。
 俺たちは今更ガキみたいにお互いに夢中だ。

 でもそれも悪くない。
 ――何より今夜はぐっすりと眠れそうだ。
 達海はこっそりとほほ笑んだ。


コシタツ#1